関西学院大学探検会

保津川ラフティング合宿報告書

場所:京都府亀岡市〜保津峡 保津川流域
期間:2000年5月27日〜28日
費用:¥4000程度
目的:長良川に向けてのスキルアップ

参加者
 阪本泰人 経3(隊長)     松木健児 商3(会計)
 三村知之 法2(食糧)     田村彰浩 文1(装備)

亀岡警察:0771−22−0001

日程
5/27 5:10仁川−5:24西宮北口−6:03大阪−6:48京都−7:15
     馬堀 8:45第一回出艇(リバーレスキュー、フリッピング)12:15
     テン場 昼食 14:00第二回出艇−16:30テン場 夕食・就寝
5/28 5:00起床・朝食 6:20第一回出艇−8:30テン場 
     9:00第二回出艇−11:30テン場 昼食 13:30撤収17:00学校

共同装備
ピューマ、ライフジャケット×4、ヘルメット×4、パドル×4、エアーポンプ、お玉、
スローバック、カラビナ×3、ヨーレイカ、テントマット×2、ラス用火器、鍋、しゃもじ、
カートリッジ、ランタン、ガス用火器、

個人装備
化繊のシャツ、水着、足袋、シュラフ、シュラフマット、ブキ、バール、米2合、タオル、
防寒具、雨具、着替え、トイレットペーパー、ヘッドランプ、ポリタンク、レジュメ、
保険証のコピー、

反省・報告
 今回の合宿は、車を手配することが出来ず、結局電車でラフトを運ぶことになった。過去には同じようなことがあったようだが、ここ最近では、初めての試みとなった。最初は金曜日の晩に出発しようとしたが、ラフトを電車で運ぶために、電車が空いているであろう土曜日の朝早くに出発することにした。そのため前日のうちにラフトなどの共同装備を運び出し、僕の家に置いておき、バイトのある松木以外は家に泊まって、始発電車で仁川を出発した。エレベーターもエスカレーターもない所では、ラフトを台車からおろして、別々に担いで運んだ。途中の大阪駅や京都駅はエレベーターが付いていて、かなり楽できた。朝早いため電車もほとんど混んでおらず、またエレベーターなどのおかげで、何のトラブルもなく意外と簡単に馬堀のテン場に着くことが出来た。最初は車なしでどうなる事かと思ったが、やってみると意外と楽であった。また台車で運ぶことで、車椅子の人の気持ちが少し分かったような気がした。
 馬堀の駅で後から来る松木と合流してテン場に向かったが、ちょうどそのころから雨が降り出した。テン場でテントを設営した後すぐに準備して一回目のラフティングを開始した。三村以外はあまり川合宿に参加していないため、三村先生の指導の元、漕ぎ方や、どのように漕ぐとどんな風にラフトが動くかといったことや、瀬への入り方や川の中での水の動き方などを学んだ。完全に理解して、思ったようにラフトを動かすことは出来なかったが、だいたいラフトとはどんなものか分かった。
 途中二股の瀬でリバーレスキューの練習をした。流れてくる人にスローバックを投げるのだが、最初は速く投げすぎて、救助できなかった。ほとんど真横にきた状態で投げても、いいような気がした。また投げるときに足場をしっかりと確認することと、右手で投げるため、どうしても左に曲がりがちになることに注意したほうがいいと思った。個人的には初めての生瀬だったのだが、なかなか楽しかった。ただ実際に沈した後に冷静に対処できるかは、少し不安が残る。リバーレスキューの後にはフリッピングの練習をした。最後ラフトに上がるのには結構苦労した。ちなみにフリッピング用のザイルを使って、逆側から上がると楽にあがれるようだ。一本目も無事に終わって保津峡の駅の下で飛び込んで遊んでいたのだが、松木は一番高いところから飛び込んだ。さすが松木と思っていたが、実は結構沢山の人がそこから飛び込んでいて、松木も以前に飛び込んでいたらしい。自分もいつかは、そこから飛び込まざるを得ない状況になりそうで、実に不安である。一本目の帰りの電車ではコマーシャル・ラフトの人たちと一緒であった。馬堀の駅についた後は、松木と田村が先に帰り、松木は昼食の準備をして、田村が台車を駅まで持ってきた。テン場でラーメンを食べた後、少し寝てから、第二回のラフティングの準備にかかった。二本目の頃になると雨が一段と激しく降ってきた。二本目はさっさと下ってすぐ戻ってきた。今度は三村と松木が先に帰って、松木が台車を持ってきた。それにしてもラフティングの後に雨の降る中をテン場に帰るのは、とてもブルーだった。そんななか、三村の雨男説が出てきて、その日の晩に帰る三村のいない明日が晴れだったら、三村は雨男ということになった。そしてその日の夜は、晩御飯を食べた後三村が帰る頃には、みんな寝る態勢になっていた。その夜は雨と風が激しく、テントが浸水してしまって大変だった。田村のシュラフはびしょ濡れになり、田村はいつのまにか端っこから、松木と僕の間に入り込んで寝ていた。またその晩に古賀さんがテン場に来たがあまりにも眠かったため、何を話したかさえ覚えていなかった。松木にいたっては古賀さんが来たことさえ覚えていなかったようだ。
 次の日の朝浸水したテントでパンを食べた後出艇の準備をしていると、昨日会ったコマシャル・ラフトの人が川の様子を見に来ていた。そして僕らのラフトの空気がうまく入らないのを見て、ラフトの中のチューブがねじれているのを指摘してくれて、直してくれた。空気の入れ方は、片方を全部入れずに半分くらいづつ入れるといいらしい。昨日はちょっと偉そうな人だなと思っていたが、いろいろ教えてくれて自分の中で「いい人」に変わっていた。この日は前日の雨の影響で水量が多くなっていて、昨日とはまた別の川になっていて、なかなか面白かった。ただ流れが速かったことや、3人で漕いでいたこともあって、なかなか上手く下ることが出来なかった。何回も岩にぶつかったり、瀬に後ろ向きに入ってしまったりした。それでも天気が回復してきていたので、気分的にはかなり上機嫌だった。一本目も無事に終わって、保津峡の駅についたが、3人でラフトを運ぶのはなかなか大変だった。やっとの思いでフェンスを越えたとこで、またしてもさっきのおじさんに会った。その人は今度はなんと切符をくれた。やはり「いい人」のようだ。しかもラフトの楽な運び方まで教えてくれた。二人で運ぶやり方なのだが、まず、お互いの右手と左手をつないで、そこに丸めたラフトを乗せ、残った手で、ラフトの下を持つやり方である。言葉では上手くいえないので、機会があったら、ぜひみんなに見せたいと思う。この持ち方だとかなり楽だった。馬堀の駅に着いて台車を持ってくる人を決めるジャンケンをしたら、また田村になった。そして3人で、テン場に戻る途中、すっかり晴れた天気になり三村雨男説の話をしていたら、田村がボソっと「(三村が)もっと早く帰ったら良かったのに」と言った。これは帰ってから三村に報告だと思いながらも、三村のおかげで今日は水量が多くて楽しかったなと思った。テン場に戻ってから、濡れた物をテントの上に干して次ぎの出艇の準備にかかった。今回はラフトを電車で運ばなければいけないので、電車が混まないうちに帰りたかったので、次ぎを最後にすることにした。最後のラフティングも、気分が良かったからか、途中で落とし合いをしながら下った。さすがに天気がいいと、いくら落ちても不快じゃないし、自分から落ちたくなるくらいだった。最後も速い流れのためあっという間に終わって馬堀の駅に戻ってきた。台車を取りに行くのは、またまた田村だった。つくづくジャンケンの弱い男である。昼にまたラーメンを食べた後、撤収の準備にかかった。昨日濡れたものは、田村のシュラフをはじめ、ほとんどが乾いていて、改めて太陽のありがたみを感じつつ、三村がいない事に感謝した。雨の日の撤収ほどブルーなものはないから、本当に晴れて良かった。帰りも台車でラフトを運んだが、来るときと同様にそんなには苦労しなかった。ただ来るときに使えた大阪駅のエレベーターはホームが違ったため、使えなかった。その代わり梅田駅では、朝早すぎて使えなかったエレベーターが使えた。ただ日曜日の昼の梅田は人が多くて台車を押すのには苦労した。そして無事に学校までラフトを運んできたのだが、なんと学生会館が閉まっていた。どうやら第四日曜日は学生会館は閉館の日らしく、事前に届を出さなければ中に入ることは出来ないらしい。しかしここまでラフトを持ってきたので何とか頼み込んで入れてもらえるようにした。最初は一人だけと言われたが松木の「3人のほうが早く済むから」の一言で、3人で5分の時間をもらって台車ごと倉庫の中にしまった。ちなみに記録は3分だった。
 今回の合宿は長良川に行きたい自分にとって、どうしても行っておくべき合宿だったので、企画の段階から、かなりみんなに無理をさせてしまった。車なしで行くという新しい試みもそのために、行われたものだと思う。しかし結果的には、かなり充実した合宿だったと思う。技術的にはまだまだ未熟で、安心して長良川に行けるレベルではないが、基礎的なことを身につけることは出来たと思う。

 川のことをあまり知らないために、技術のある人にとってはあまり役に立たない報告書ではありますが、合宿での出来事を書いた日記を読むように楽しんでもらえたら光栄です。

                                  文責:阪本泰人

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