関西学院大学探検会

八ヶ岳合宿報告書

(目的)山の技術を学ぶ。山合宿の流れと、その中での自分の役割を考える。

(期間)2000年8月2日(水)〜8月6日(日)

(費用)10000円程度

(メンバー)隊長    大西聡子(文3)
      副隊長   吉澤明子(20女)
      食糧・会計 田辺梨絵(経3)
      装備補佐  阪本泰人(経3)
      補佐全般  松木健児(商3)
      装備    北原知也(社2)
      記録    田村彰浩(文1)
      食糧補佐  北中里佳(神女1)

(日程)8月2日(水) 移動日
15:30JR大阪駅集合〜16:00大阪駅発〜17:18米原着〜17:27米原発〜18:33名古屋着〜18:33名古屋発〜19:57中津川着〜20:03中津川発〜21:42塩尻着〜22:12塩尻発〜22:40茅野着、駅で就寝(ステーションビヴァーク)

8月3日(木)
5:00起床、朝食(パン、ウインナー、スープ)〜6:00バス発〜6:45バス着(美濃戸口)〜7:05登山開始〜7:45赤岳山荘〜8:11美濃戸山荘〜10:07沢で遊ぶ(あつしくさい)〜12:13行者小屋〜15:15〜16:05で阿弥陀岳登頂(希望者・空身)〜16:30〜17:13で阿弥陀岳下山〜夕食(シチュー・米すい〜くさってた)〜21:00就寝

8月4日(金)
4:00起床、朝食(米、味噌汁、缶詰)〜5:37出発〜6:50休憩(文三郎分岐)〜7:50赤岳登頂成功〜8:24赤岳頂上小屋〜9:45休憩(鉾岳前)〜10:32三又峰〜10:45大権現〜11:35硫黄岳山荘着、昼食(ラーメン、ジュース←そうこ・阪本さんのおごり)〜12:45第一回ザック替え〜13:03硫黄岳、第二回ザック替え、爆裂火口壁〜13:44夏沢ヒュッテ、第三回ザック替え〜14:12オーレン小屋(ビール、トマト、オレンジジュースすべて松木さんのおごり)〜17:00夕食(カレー)〜19:00就寝(雷・雨で北原氏死亡)

8月5日(土)
4:00起床、朝食(米、ハンバーグ、スープ)〜5:40出発〜6:20休憩(みかぶり前)〜6:42根石岳〜7:29東天狗(北原氏西天狗単独裸体登頂成功)〜8:52中山峠〜9:50展望台、第四回ザック替え〜11:34高見石小屋(北原氏のおごりでジュースパーティー)〜丸山(カッパ着用後雨小降り)〜13:05麦草ヒュッテ下山(北原氏とビールで乾杯)後どしゃぶり〜14:45昼食(カレーうんこ?→カレーうどん)〜15:30バス発〜16:50茅野駅着〜19:20上諏訪駅移動後、精進温泉(北原氏提供のヤクルトで乾杯)〜19:30諏訪市民祭「諏訪よいとこまつり」に出くわす〜19:31祭りの大会長に出会う〜19:32全メンバーが大会長と握手〜19:33そうこ隊長が代表して名刺交換〜21:15そば屋で夕食〜21:50駅前で反省会、就寝

『八ヶ岳美人四姉妹殺人事件』    田村あきぴろ作・画
8月2日(水)
 そして松木はこなかった。
 今日は移動日ということでどの顔もリラックス。大阪駅噴水前には続々とメンバーが集まってきた。ただ一人を除いては。まずはメンバーの紹介から。長女おばドル里佳。彼女には他に「居眠り姫」という通り名もある。次女アイドル梨絵。彼女は「立てばアイドル、座ればアイドル、歩く姿はまさにアイドル」それに後押しするかのような松木さんへの冷たい態度。彼女を見るだけでご飯が三杯いける。三女バラドルあつし。彼女はマルドゥック機関の報告書によって選ばれた最初の被験者、ファーストチルドレン。過去の経歴は白紙、すべて抹消済み。四女チャイドルそうこ。彼女は見た目とは裏腹に波乱にみちた人生を歩んできた。指定暴力団「うどんは讃岐で文句あっ会」を抜ける際に失った、左指末節欠損部を右足小指で補っている。背中にはパセリの入れ墨』が彫ってあるとかいないとか。彼が来ると気温が三度下がる。一陣の風が吹いたら彼が来た合図。隊のさわやかさん、餅肌の好青年、王子阪本。グラサン、タオルで完全武装。持病の山登り前腹痛症候群とでも闘っているのだろうか。ガンバレ。さえない四十男、田村。彼はまた床屋で「お客さん、今日のお仕事はもう終わりですかい。」と言われ、ただひたすら苦笑い。「彼」を除く七名はプラットホームに出た。二分前白木屋松木はやって来た。シャツに柿の種を身につけやって来た。メンバー一同、遅刻即おごりで和解。我々は電車に乗るとすぐに「西日本つりかん愛好会タッチ・ザ・スカイ」に早変わり。ぶら下る者。懸垂する者。モー娘保田に変身するあつし。終点に着くまで、つりかん・保田を愛し抜いた。今日は茅野駅で一泊。寝る準備に入ったところに謎の整体師アラワル。結局彼は自分の名を明かさなかったし、こちら側も聞こうとしなかったので、ひとは彼を「整体のお兄さん」と呼ぶ。彼は我々メンバーの肉体改造をおこなってくれた。我輩は「体なんてものは死ぬまでもてばそれでよし主義」のため控えめに参加。が、誤って経絡ひこうを突いてしまい、ひでぶ。里佳は弟子入りを希望するほど熱心に学び、マッサージ力100アップ。体が良くなった者、変わらない者、痛くなった者、くだけちった者。それぞれが眠りについた。
8月3日(木)
 朝、大急ぎでバスへ乗車。しかし待っていたのは、機械音とも、おばさんの声ともつかぬ気味の悪い声。居眠り姫を除く全員の聴力50ダウン。登山開始後すぐ、阪本さんは「王家の杖」を手に入れた。さわやか度10000アップ。順調に登っていき途中沢で遊ぶ。沢に着くと同時に「おい、あつしー。」と生駒さんの声が。一同唖然。突然の生駒さんの登場に、いやそんなはずはと声の主を見ると、北原氏であった。彼はここの水を浴びモノマネを覚えた。偽生駒さんをメンバーに加え、今日のテン場行者小屋到着。ここで悟りを開いたのかそうこさんが、「八ヶ岳、身長俺よりヤツガタケェ。」と一喝。負けじと日本阪本昔話、「むかしむかし、まだ八ヶ岳がその名を名乗る前のことじゃった。彼は富士山より背が高いということで目を付けられた。ある日富士山はヤツガタケの頭をしばいた。そうして八つに頭が割れ、八ヶ岳となったとさ。めでたし、めでたし。」松木・阪本両氏のきまぐれにより空身で阿弥陀岳へ。途中カメラマン梨絵が高山植物を撮るも、松木・北原両氏のヌードは撮られずじまい。残念。下りると残り組みのあつし・里佳が「炊きたてをラップして、ジップしてフリージングしてチンよー。」とにかく怒っているいるようなのでゴメンナサイ。テントの振り分けは、保津ずぶテン三人衆と梨絵嬢。残りの四人は外で寝ろ。
8月4日(金)
 偽生駒さんの気合入れで難所もらくらくクリア。赤岳山頂では我々を撮影するテレビ局も来ており、気分爽快。途中岩場で無法者Kが滑落死しかけた。残念。今宵のテン場オーレン小屋に着くや否や、雨と雷が騒ぎ始めた。夕飯時には雷がピークに達し、死を覚悟した。雷で死ぬくらいなら腹を切るとK氏。介錯しますとこれがホントの隣人愛T氏。俺は王子だS氏。震える雷嫌いのK氏に向かってM氏はおもむろにズボンを下ろし始めたかと思うと、彼の如意棒を奮い立たせ叫んだ。「俺がお前の避雷針だ。」しかし、雷様には見えなかったのかK氏にズドン。即死である。テントの振り分けは女四人、男四人。松木さんと梨絵さんのトレードが囁かれたが、彼女らは「松木一人では釣り合わぬ。」と言って、トレード不成立。残念。
8月5日(土)
 心配された天気も回復。こんがり焼け揚がったK氏の遺体を放置し出発。爆裂火口壁では、そうこアンドあつしのアジアン娘と松木ケンシローの戦いが見られた。「アジア〜ン。」の雄たけびにもひるまず、ケンシローが「松木神拳究極奥義爆裂火口拳」で二人を倒した。東天狗からは見晴らしも良く長居をしていると、西天狗の方に裸体単独行の男が他のパーティーを追い越しているのが見えた。目を凝らして見ると、それは落雷で死んだはずのK氏であった。納得しなかったので生き返ってきたのだろう。これで八人揃い元気百倍ラストスパート。下山と同時にものすごい雨が。八ヶ岳から僕らへの「サヨナラ」もしくは、「二度と来んな」かもしれない。風呂に入りたいという阪本さんの希望により次の駅へ。駅の中の露天風呂は閉まっていたので、精進温泉へ。「諏訪よいとこ祭り」の大会長と会見。そうこ隊長の名刺交換後、なぜか全隊員が大会長と握手。これにより諏訪市民権獲得。地元のおばさんの引率の下、そば屋へ。もりとざるの違いは「のり」。駅前の芝生で反省会。松木さん居眠りでこれまた反省かい。長かったようで、短かった八ヶ岳合宿も終わりを告げた。
8月6日(日)
 朝、北原さんが蒸発していても、なんのその。そんなこんなの探検会。僕たちはそれぞれの夏へと歩き出した。
                          おしまい

あとがき
 適宜、敬称略とさせていただきました。物語に臨場感をもたせるためであり、なにとぞご理解をば。題目に掲げました「八ヶ岳〜」は未然に防ぐことができ、なによりでした。この合宿に参加できた喜びを胸に、合掌。

 

2000年 夏 書斎にて
文責:田村彰浩

関西学院大学探検会