道中の様子:5月26日(土)大阪駅集合は、当初6時10分を予定していたが、これは隊員の事情を考慮せずに設定してしまった時刻のため、6時40分に変更した。また、学生割引証を持参するように指示していたが、みどりの窓口で問い合わせた結果、担当者に大阪駅〜比良駅では乗車距離が100キロに満たないために使えないと指摘された。通常料金で切符を買うことになった。学生証を用意するよう指示を出したのは隊長である私だが、私自身を含め多くの隊員が忘れてしまった。指示を出した隊長本人が、自らの指示を守らないという、愚かなミスを犯した。また、その性質を把握していなかったために用意してくれた隊員に、無駄な手間をかけさせてしまった。
比良駅のすぐ近くの飲食店の入り口の脇に、水道が流れていたので、そこでポリタンクに水を汲んで出発。
イン谷口で、道が二手に分かれていたが、地図で確認せずにコース予定から外れる金糞峠へ向かう方向をさしてしまった。諏訪副隊長から指導を受ける。また、金糞峠への道は落石等でコース状況が悪いため立ち入りを控えるよう登山者に促す看板があった。このことも見落としてしまった。
大山口から本格的な山道に入る。山道では標識を探しながら進むことになる。確認できなかったときには一旦立ち止まって、周囲を見渡してそれらを見つけてから進んだ。比良駅を出発してから先頭にいた私がもっと周囲の様子に気をつけていれば、この手間をかけずに済んだかもしれない。
11時頃休憩を取る。ここから、洞ヶ瀬隊員の提案で1回生に先頭を行かせた。カモシカ台までの隊列の先頭を岡川隊員に、カモシカ台から北比良峠までの隊列の先頭を内海隊員に務めさせた。二人とも、適度のペースで進んだ。つまり、遅すぎて予定に影響を与えることも、速く進みすぎて後ろが取り残されることも無かった。
北比良峠から望武小屋に向かう途中、僕が解けた靴のひもを結び直していたために、隊列から遅れてしまった。遅れを取り戻すために走ってしまい、足首をひねらせてしまった。ケガにならなかったが、諏訪副隊長より危険であるため山道で走ってはいけないとの指導を受けた。隊員を待たせるよう、指示を出すべきだった。そもそも、休憩時に靴紐の点検を怠ったのが、ミスだった。
5月27日(日):洞ヶ瀬隊員を先頭に、望武小屋から武奈ヶ岳山頂に向けて出発した。標識を頼りに進むことになる。坂道が続く道だったが、順調に頂上にたどり着けた。
しかし、僕が隊列の先頭に立って望武小屋に戻る際に、標識を見落とし、道に迷ってしまった。行きと同じ道を辿れば良かったのだが、杉本隊員より、違う方向に進んでいるとの指摘を受け、副隊長の提案により、標識のあった地点まで戻る、つまり、再び登り帰すことにした。そして、標識を手分けして探し、見つけたらその場所まで行った。これを繰り返しながら進むこととなった。諏訪副隊長が率先して見つけてくださったおかげで、望武小屋に戻ることができた。諏訪副隊長がいなければ、戻れなかった。
望武小屋からは岡川隊員に先頭を任せ、ガリバー旅行村に進んだ。道に迷ったことで、隊員に疲れが表れてきていた。このときにこそ、隊員の気持ちを引き締めていかなければならなかったのに、無事にたどり着けるだろうという甘い考えでいたため、そうするのを怠ってしまった。
反省点:1回生は初めて泊まりの山の合宿だったが、2人とも順調に歩けていた。テン場でも、設営や撤営及び、食事の準備等の行動が迅速にできていた。また、テント内での荷物の整理もできていた。その一方、果たして僕は隊長だったのだろうか。企画した以上、その責任を自覚すべきだった。技術力を確認し、万全な準備で臨むべきだった。武奈ヶ岳山頂からの戻りで、道に迷った際にも落ち着くべきだった。諏訪副隊長が率先して探すのでは無く、隊長である僕自身が率先して探すべきだった。また、自らの考えや方針に自信がなかったため、的確な判断や指示もできなかった。あまりにも怠けすぎた。そのため、諏訪副隊長をはじめ、他の全隊員に、迷惑をかけてしまった。
文責・西田一喜